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超フォトブック散歩

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写真撮影・カメラ・レンズ・そして散歩をしようかな!

カテゴリ:スピリチュアルな散歩道( 8 )

逆さ虹が埼玉県さいたま市で発生しました。
2011年5月に仙台近郊で逆さ虹が発生し
話題になっていましたが、さいたまでも
見られました。

1.さかさまアーク
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2.南に逆さ虹
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3.何事もありませんように
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山へ行こうと思っていたのですが
寝坊したので家でまったりしていたら
逆さ虹に気づきました
これも日本が亜熱帯気候へ進んでいる
兆候でしょうか?でも地球全体では
大きく観て氷河期へ移行していると
思うのですが!

撮影記録
2012年5月26日(土)10:47
埼玉県さいたま市
ニコンD7000
タムロンAF18-250mm
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by top-bluediamond | 2012-05-26 12:55 | スピリチュアルな散歩道
昔、むかし、武蔵の国の足立ガ原に
鬼婆が住んでいたそうな。
今は中山道の大宮氷川神社からはずれた
堀の内という。
1.
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若い旅人を言葉巧みに誘い、一夜の宿を
貸すふりをして、殺して食べてしまう
その鬼婆を東光寺祐慶という坊さんが
退治し封じ込めたのがこの黒塚だった
2.
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この誰もいない黒塚に登ってみた
とても重たい雰囲気が漂ってきたけど
気のせいかな?
3.
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理由はこの2匹の狐さんでした
4.
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今にも朽ちそうな祠のひさし
このところお水や油上げをお供えした
あとがありません。
怒ってました。

黒塚大黒院はきちんと祭ってあげないと
鬼婆が復活しますぞ!
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by top-bluediamond | 2012-02-23 22:13 | スピリチュアルな散歩道
いやー!
アップするようなモノがありませーん。
どうも今年に入って感性がにぶってしま
って。
「うん?」

『もともと感性のあるモノなんか撮って
ないだろう!』
「あちゃー!そのとおりです。」

金曜日の夜には、カメラの電池を充電し
準備万端用意、

でっ、
朝起きれません。

理由は明白!
夜更かしです。

行く場所も、朝の気分と天気で決めよう
なんて思ってるからダメなんだ。きっと


「寒っ!」
今日もサボりました。

よーし、明日はいくぞ!
どこへ?

1.
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2.
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3.
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4.
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5.
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6.
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7.
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きのこ と はな

やる気と集中力が出てきますように?
ホコリを気にしないでね。
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by top-bluediamond | 2012-02-18 16:58 | スピリチュアルな散歩道
さーて、気持ちも新たに。
お正月も終わりズボンのベルトを
締めるのに少し気合を入れないと
はいらなくなってしまったけど。

前にお約束した国昌寺の開かずの門の
話をしましょう。

1.かがやき
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国昌寺の門には、大きな菊の紋章が

2.開かずの門
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固く閉ざされた門は、
今でも正月三が日をのぞいては、
開くことはありません。

3.頭上には
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左甚五郎の作といわれる龍がおります。
日光東照宮の眠り猫や彫刻群は、
左甚五郎作ですが、国昌寺の龍は時代が
違うので、私は何代目かの左甚五郎だと
考えてます。

4.龍の目
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目の辺りにあるテープみたいな物は
何なのでしょうか?わかりません。
誰か知ってますか?

5.サイドから開かずの門を
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6.境内には不思議な動物が?
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ニラマレテしまいました

7.ブロックで押さえてますから
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何でこんな象がいるのでしょう
いわれは、まったく不明

8.幾何学
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お堂の柱
気になります

9.国昌寺橋
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10.おふだ
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欄干の四隅に、お札が
橋を守っているのでしょう

11.さて私も
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いや、歩いて帰ります。

撮影記録
2011年12月29日
さいたま市緑区国昌寺にて
ニコンD7000
シグマ10-20mm F3.5 EX DC

今日の本題はこれから。
時間があってキョウミのある人はどうぞ。

-真説龍神伝説-開かずの門

「長さん」こと見沼(みぬま)の長兵衛さんが亡くなった。
面倒見の良い人で、名主さんや地主さんを含め
ご近所さんから慕われ人望のある人だった。

お通夜、お葬式は、狭い小作長屋の一部屋では、
無理との名主さんの好意で、
近くの由緒あるお寺「国昌寺」で執り行うこととなった。

そんなわけで私も長兵衛さんの樽棺(たるひつぎ)を担いで
国昌寺へお供することとなった。

四人でたる棺をかついで長い道中を歩いてきた。
やっと国昌寺の山門にさしかかり、
「やれやれ」と
「左甚五郎の龍」の彫り物の下を
くぐった瞬間、

「えっ?」
「ん?」
「あれ?」
「ほっ?」

私はもう一人と目を見合わせ、
後ろの二人を振り返った。

「うわー!」
「ぎゃー!」

後ろの二人は天秤棒を放り投げて、
もと来たほうへ逃げ、
その反動でわれわれも
棒を取り落としたが、
暗い寺内へ逃げるのも気が臆し、
数歩飛び下がった。

-なんと急に軽くなったのだ-
-ひつぎが-

葬列のみんなは、はじめ何が起こったか
わからずきょとんとしていたが、
震えるかつぎ手から話を聞き
「そんな馬鹿な?」
と、棺のまわりに集まってきた。

寺の和尚も騒ぎを聞きつけてやってきて、
ひつぎの蓋を開け中を確かめることになった。

おそるおそる蓋を開け、
ちょうちんで中を照らしながら
みんなで覗き込むと、

「えぇぇぇぇぇーーーーー!」

長兵衛さんはおらず、もぬけのから。
ひつぎの底には、三角の白い布だけが。
落ちていました。

みんなは山門の欄干に封じ込めた
見沼の龍神さんが長兵衛さんを
食べてしまったと、うわさしあいました。

この事があって以来、
国昌寺の山門は「開かずの門」として
今日まで閉じられたままとなっています。
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by top-bluediamond | 2012-01-08 12:19 | スピリチュアルな散歩道
平林寺から帰ってきて、
撮影した画像をカメラのSDカードから
パソコンに取り込んだ後に
不思議なことが起こりました。

1.
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ご覧のように、あるショットから
画像が開けない現象が発生。
取り込んで直ぐにはちゃんと記録され、
開くことが出来たのですが、
翌日はどうやっても開きません。
カメラのSDカードの映像は、
取り込み後削除してしまっています。

平林寺には、
松平伊豆守信綱をはじめ大河内松平家の
墓所があります。

2.松平家墓所の灯籠
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向こう側から、この灯籠群や墓所の周りを撮影
したのがですが・・・・・。
これ以上のことを言うのはやめましょう。
単にパソコンの機嫌が悪いのかな?

3.この先に
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スピリチュアルついでにもう一つ。
4.中門から総門を眺めて
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このショットでは写っていませんが
フレアがいっぱい。
「なぜ写ってるやつを載せない」って。
「オーブだ!」、「霊だ!」と?
レンズのハレーションですよね。

5.島原の乱
なぜ天草は島原の乱の供養塔が、埼玉に?
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知恵伊豆といわれた老中松平伊豆守信綱が
島原の乱を平定した後、ここに供養塔を
建立したそうです。

6.歴代和尚さんの塔頭
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今年は山門不幸だそうです。
えらい和尚さんが亡くなられたそうです。

そのなわけでいろいろあって、
翌日にパート2をアップすると言っておいて
今日になりました。
「えっ?」
「ただ、サボってただけだろう!」
「・・・」(汗)

「あっ!」
「ガシャ」

野火止緑道を散策中、一陣の風が。
音もなく、首に掛けていた
カメラのストラップの片方が
「スルッ」と。
カメラは無常にも、コンクリの路面に。
不思議な事が起こるもんです。

次回はちゃんと平林寺境内をお送りします。

撮影記録
2011年6月4日(土)晴れ
NIKON D7000
SIGMA 10-20mm F3.5 EX DC
ISO 400
絞り優先オート
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by top-bluediamond | 2011-06-08 22:38 | スピリチュアルな散歩道
-一本杉の仇討ち伝説-

明治13年、
臼井六郎が果たした
「最後の仇討ち」か?、
と呼ばれる事件が、
ドラマ「遺恨あり」
で描かれている。

中仙道の与野宿のはずれ、
浦和宿に入ったところに
一本杉と呼ばれる
場所がある。
(現在のさいたま市)

実は、ここが、
日本歴史上最後の仇討ちが、
あったところである。

1.一本杉 (現在の一本杉)
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2.ひっそり建つ石碑
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丸亀藩浪人河西祐之助と
水戸藩士宮本鹿太郎の
仇討ちの現場

3.「一本杉」と刻まれた石碑
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4.庚申塔
ここを右に行けば、
与野円乗院に。
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5.廓信寺
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河西は、
一本杉近くの万福寺
(現在はない)に葬られたが、
今はこの廓信寺(かくしんじ)の
境内に静かに眠っている。

6.廓信寺(かくしんじ)本堂
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7.廓信寺仁王門
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ここからは、
長文となります。
ご興味のある方は
どうぞ。

文久4年(1864年)1月23日の早朝に
日本最後の仇討ち、
世に言う 「一本杉の仇討ち」 は、
起こった。


水戸藩士宮本佐一郎と
讃岐丸亀浪人河西祐之助は、
4年前の万延元年(1860年)
常陸国鹿島津の沖合いの船中で
お互い酒を飲んでの口論の上、
斬り合いとなり
宮本は死亡、
河西は重傷を負った。

二人は江戸の千葉周作道場で、
お互い稽古を積んだ仲間であり、
酒好きもあり、仲が良かったのだが、
ささいなことから、刀を振り回しての
喧嘩となった。

河西は
知り合いの和尚がいる不動岡の総願寺で
傷をいやし、自分が斬った3人の菩提を
終生弔うために僧侶になることを誓っていた。

そう、
河西は故郷の近くの金比羅琴平神社の境内で
女性の参拝客をからかう2人の博労を
斬り捨てた罪で、浪人していたのだ。
(ここはスピリチュアルな推測)

そして、その日は、
不動岡(現在の埼玉県加須市)の
真言宗智山派総願寺から
与野(さいたま市)安養院西念寺円乗院に
立ち寄り、江戸愛宕の
真言宗智山派別院真福寺を経由して
京都東山七条にある
総本山智積院を目指していた。
ここで修行をするつもりであった。
(ここもスピリチュアルな推測)

殺された宮本佐一郎の息子鹿太郎が
仇討ち免許状を持ち、
佐一郎の弟、その息子2人が
加勢した1対4の決闘であったようだ。
しかも河西は、腕に差のある鹿太郎に
無抵抗であったと考えられる。
僧形に身を換えた祐之助は
無刀であった。

実は、
和歌山県と大阪府の県境に
境橋というところがある。
ここも日本最後のあだ討ち場として
言い伝えられている。
しかしそれは、
文久3年(1863年)のことだ。

もうひとつ、
「高野の仇討ち」事件が
明治4年(1871年)に起こった。
殺人罪で死刑判決、
後に恩赦になった。

正式な仇討ち免許状を持ち
鹿太郎以下が
水戸藩に復帰していることから
当時の考えうる正当な仇討ちで、
日本最後の仇討ちは
忘れられた
「一本杉の仇討ち」
と考える。

近代国家への歩みの中で
新政府から仇討ち禁止令が
発布されたのは、
明治6年(1873年)のこと。

明治13年(1880年)に
仇討ちとして騒がれた事件が
この臼井六郎事件である。

これは、仇討ち禁止令後のこと。
この事件も、殺人罪が適用され
死刑が確定したが、
その後恩赦された。

仇討ちか?殺人罪か?
仇討ち免許状は?
真実は?、
2011年2月26日(土)21:00~
ドラマスペシャル「遺恨あり」
を見てから考えることにする。
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by top-bluediamond | 2011-02-26 15:55 | スピリチュアルな散歩道
正式名は、調(つき)神社。
2000年以上前からあったとされる・・・・・
地元では【つきのみやさん】とか、【つきのみや神社】と
昔から呼ばれている神社がある。
私は小さいときから、「つきのみや神社」と
教わってきたので「つきのみや神社」で呼ばしてもらいます。
うさぎの神社として、昔から信仰をあつめています。
1.前方のこんもりした森がつきのみや神社
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2.本殿
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本殿は、権現作り、安政6年(1859年)に、
当時のお金で、1,683両の浄財で建設されたと
記録されています。
彫刻が見事です。
3.うさぎと龍の彫刻
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4.ぼけてますがうさぎです
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本殿の天井にある飾りにも、
「うさぎさん」はいますが、
わかりますか? こちら正面を向いています。
5.天井の飾り
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長いレンズを持っていかなかったので、
アップにならずすいません。
6.何でしょう?
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7.うさぎさんです
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8.うさぎさんの手水でした。
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2011年はうさぎ年、
正月2日に、女房と行ってみたが、
拝殿から伸びた行列は、入り口を通り越し
国道中仙道へも長い、長い列を作っていました。
本殿の脇から一年の無事を祈願してきましたが、
改めてお参りしてきました。
9.ちょうちん
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この「つきのみや神社」、
平安時代から存在が確認されており、
天照大御神(あまてらすおおみかみ)、
豊受比売命(とよひめのみこと)を祀っている。
「調(つき)」が「月」と同音なため
室町時代には、つきの出を待ち、月を拝む信仰である
月待信仰の「月宮殿」の聖地として崇められた。

つきのみや神社は、
古くから地元の人に語り継がれている
伝説があります。

一、鳥居がない
   古代に中央に納める調(税)を、ここに集めた際に、
   運搬の荷車やノボリ旗の邪魔になるとして鳥居が造られなかった。
   (うさぎ伝説―序章の写真をもう一度見てください)
 
二、狛犬はおらず、こま「うさぎ」
   (うさぎ伝説―序章を参照してください)

三、境内には松の木がない
   天照大御神(あまてらすおおみかみ)が、
   弟神の須佐之男命(すさのおみこと)が大宮宿にある
   大宮氷川神社へ出かけ、なかなか戻ってこないことに
   業を煮やし、「もう待つのはいや」と言ったため
   松の木がないのだそうな。

四、日蓮上人駒つなぎの欅(けやき)
   日蓮上人が佐渡へ流される途中、この地で、
   難産の婦人のため、祈りを捧げる際に、
   馬を近くのケヤキの木につないで
   祈ったところ、元気な男の子が無事に
   生まれたので、安産の神としても敬われていた。
   残念ながら、そのケヤキの木は枯れてしまったとのこと。
10.こんな大ケヤキはあります
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11.欅の木
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五、片目の鯉が棲む池
  御手洗瀬のひょうたん池に、
  鯉を放つと必ず片目になるそうです。
  ―確かめていません。―
11・池の中
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12.親子です
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六、境内に蝿がいない
  ―確認できていません。―
七.境内に蚊がいない
  ―同じく確認できていません。―

つきのみや神社の七不思議伝説いかがですが?
みなさんも、そのいくつかを見に行きませんか?
さて、うさぎの神社「つきのみや神社」には、
まだまだうさぎがいます。
そのいくつかを。
13.舞台
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14.絵馬
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つきのみや神社には鳥居が無いといいましたが、
実は、境内に鳥居があります。
これです。
15.旧本殿
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これが旧本殿です。
赤い鳥居に守られています。
旧本殿は、享保18年(1733年)の建立で、
波を蹴る美しいうさぎの彫刻が、
このとおり。
16.うさぎ
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17.うさぎ すばらしい
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18.うさぎ もう一匹
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うさぎ年の2011年、
うさぎ伝説の「つきのみや神社」で
あなたは、何匹のうさぎを見つけることができるでしょうか?
チャンスがあったらぜひ探してみてください。

19.おまけ
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神社の前の中仙道の向かい側には、
うなぎ屋さんが。
浦和はうなぎでも有名です。
「うーん いいにおいが。」

20.お茶を一服
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(ふるさとガイドさいたま1 ウォークイン中山道浦和宿
さいたま市立博物館発行を参照しております)
追加 撮影情報を記載忘れましたので
撮影日:2011年1月16日(日)、23日(日)
Nikon D3100 デジタル一眼入門機(本当に入門機ですね)
AF-S DX NIKKOR 18-55mm f3.5-5.6G VR
神社の彫刻を撮影するには絞り優先を使ったほうが良いですね。
ピントもコントラストもダメでした。
あまり社殿の前で時間を取れないので、やむ終えずプログラムオートで。
言い訳で。
AF-S DX NIKKOR f1.8G
ISO100 プログラムオート 
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by top-bluediamond | 2011-01-23 16:05 | スピリチュアルな散歩道
むかし、むかーし、坂東は、中仙道沿いの浦和宿に、
調(ちょう)と呼んでいた貢物(みつぎもの)を、
坂東や東北一円から集め朝廷(奈良)へ運ぶため保管しておく
多くの倉が建っている場所があった。
1.神社の参拝口
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朝廷への貢物である調は、神聖な物として崇め(あがめ)、
祭られ(まつられ)、祈りがささげられ倉の中に保管されました。
人々は、その倉を守る目的で森の入り口の柱の上に、
一対の石で刻んだ犬を置き、一日中見張りをさせることにした。
村人たちは、石でできた、白くキツネに似た犬を、
いつしか『狛犬』と呼んでおった。

ある満月の夜のことだった。
「今夜はやけに犬が吠えるのぉ」
「うんだぁ。キツネか、うさぎでも追っかけてるよんだなぁ」

それから毎晩、犬と、うさぎかキツネが、まるで
おっかけっこか、かくれんぼをしているような気配が
14日間も続いた。

気味悪がって、村の長を中心に
十人ほどが一団となって、たくさんの倉が立つ森へやってきた。
入り口に立つ二本の柱のところまで来た村人たちは、

「うわぁ」
「ぎゃぁー」

森の中では、倉から倉へ、2匹の白い犬と4匹の白いうさぎが、
じゃれあいながら、おっかけっこをしている。
それだけなら驚かないが、

柱の上にいるはずの石でできた、
2匹の狛犬がいないではないか。

「こりゃ、えらいこっちゃ」
「んだぁ」
「おそろしかぁ」
「たたりじゃ」

その声に気づいて、
遊んでいた犬とうさぎたちは、あっという間に、
森の暗闇に消えていってしまった。
空には下弦の月が、黄色く細く光っているだけでした。
やがて東の空が少しずつ明るくなってきて、
月もだんだんと白く透き通って、やがては消えていった。

次の晩のことだった。
倉のある森一帯は夜になっても、
真っ暗で物音ひとつせず静まり返っていた。

「今夜は、やつらは出ねえのか?」
「見に行くべか?」
「んだぁ」

新月の夜だったので、村人たちは
たいまつをもって森の入り口までやってきた。

「うわぁぁぁー」
「ぎゃーあぁぁぁー」

白い動物が右側の柱の上に2匹、
左側の柱の上に2匹。

近づいてみると、なんと、
石になった『うさぎ』が。
2.うさぎのこまうさぎ おとうさんとボク
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3.うさぎのこまうさぎ おかあさんとわたし
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村人たちは、うわさをしたそうだ。

《夜になって、楽しそうにじゃれあって、
おっかけっこをしている2匹の狛犬を、
うらやましそうに月から眺めていたうさぎの親子が、
とうとう満月の夜に、月から地上に降りてきた。

それから毎晩、まわりが寝静まったころに
うさぎの親子は月から降りてきて、犬たちと
おっかけっこをしては、東の空が白むころに
月に帰っていった。

あの夜。
そう、村人たちが好奇心でのぞきに行った晩。
細く、今にも消え入りそうな下弦の月の晩でした。

村人たちが柱の脇で「わいわい」しているので、
夜が明けるころになっても、
犬たちは柱の上にもどれず、
うさぎの親子もとうとうその晩は、月に帰れなくて、
森の奥で、
次の晩の月が出るまでじっと待っていた。

ところが、
次の晩は、新月の晩だった。
あの明るい月が出てこない。
いつまでたっても、
あの暖かい棲家の月が。

うさぎの親子は、
月がなくなってしまったと落胆し、
月にもう帰れないと嘆き悲しんだ。

泣き喚く子供たちを必死になだめる
おとうさんうさぎとおかあさんうさぎ。
不憫でかわいそうに思った2匹の犬は、
自分の棲家の柱の上を、ゆずったのだとうわさをした。》
5.
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このときから、調(つき)神社には、
狛犬ではなく、こまうさぎが
みんなを出迎えるようになったとさ。

この物語はフィクションです。
続く
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by top-bluediamond | 2011-01-19 21:55 | スピリチュアルな散歩道